休職前の9月の終わり、仕事の負荷と体調の両方が限界に近づいていました。
トラブル対応、調整、引き継ぎ。
体調が悪くても、気合いでなんとか回していました。
でもある夜、ふと想像したのです。
「10月から新しい業務が振られたら、どうなるのか」
その瞬間、強い不安が胸を締めつけました。
戻れなくなる不安ではなく、このまま続けたら壊れるという感覚でした。
夜がいちばん怖かった
布団に入っても眠れませんでした。
- また明日が来る。
- またミスの対応をしなければいけない。
- でも、今抱えている業務も終わっていない。
寝苦しさの中で、同じことを何度も考えていました。
朝が来ることが怖い。
目を閉じても、不安は消えませんでした。
その夜の積み重ねが、確実に心を削っていました。
10月の想像で限界を自覚した
体調はすでに崩れていました。
それでも「ここで休んだら終わりだ」と思い、踏ん張っていました。
ですが、新しい業務が振られる未来を想像したとき、
体が固まるような感覚がありました。
これ以上は無理だ。本気で壊れる。
そう感じたのは、あのときが初めてでした。
1週間のうちに、終日休を1日。午後休を1日。
体調不良の名目で有給を取りました。
そのときはまだ、「逃げ」なのか「限界」なのか分かりませんでした。
でも心のどこかで、もう無理だと分かっていました。
うつ病という言葉が怖かった
医療機関へ行くと決めたとき、正直に言うと怖かったです。
診断名がついたらどうなるのか。
- 将来、銀行ローンに影響は出ないのか
- 生命保険の加入はどうなるのか
- 家族にどう説明するのか
- 適応障害の方がまだ良いのではないか
そんなことまで考えていました。
でもそれ以上に、怖かったのは
このまま続けて、本当に壊れてしまうこと
でした。
診断名よりも、
壊れる未来のほうが現実味がありました。
待合室で頭を抱えていた
普段ADHDで通っている担当医のもとへ行きました。
呼ばれるまで、待合室で頭を抱えていました。
説明が下手で、うまく伝えられない自覚があったので、
Wordに殴り書きで現状を書き出していました。
・トラブルのこと。
・体調の悪さ。
・眠れないこと。
・そして、もう休職したいという気持ち。
診察室に入って、それを見せながら話しました。
涙が止まりませんでした。
あのときの自分は、本当にボロボロでした。
「うつ状態ですね」と言われた瞬間
医師の口から出た言葉は、
「うつ状態ですね」
でした。
その瞬間、安心と恐怖が同時に押し寄せました。
やっぱりおかしかったんだ、という安心。
・本当にうつなんだ、という怖さ。
・休めるかもしれない、という救い。
・でも、もう普通には戻れないのではないかという不安。
感情はぐちゃぐちゃでした。
それでも、あの言葉で一つだけはっきりしました。
私は壊れたのではなく、限界だったのだと。
不安は弱さではなかった
診断直後の不安は、すぐには消えませんでした。
・周囲にどう思われるのか。
・社会に戻れるのか。
・レッテルを貼られるのではないか。
頭の中では何度も同じ問いが回っていました。
でも今振り返ると、あの強い不安は
心が壊れないための最後のサインだったのだと思います。
不安は弱さではありませんでした。
「これ以上は危ない」という、限界のセンサーだった。
壊れる前に止まれたこと。
それだけは、今でも間違っていなかったと思えます。
止まるという選択
当時の私は、止まることが怖かった。
でも続けることのほうが、もっと怖かった。
もし今、壊れそうな感覚を抱えながら動いているなら、
その不安は、あなたの弱さではないかもしれません。
それは、止まるためのサインかもしれません。
・不安と戦わなくていい
・壊れないことを優先していい
あのときの私は、強い決意ではなく、
ただ「壊れたくない」という気持ちで止まりました。
それで十分でした。


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