「何もしていないのに疲れる」
休職中、この感覚が一番分かりませんでした。
布団で横になっているだけなのに、夕方には体が重くなる。
この記事では、うつ前と休職中の両方を通して気づいた、
何もしていないのに疲れる理由について書きます。
何もしていないのに疲れる日は、本当に何もしていないのか
天気が悪い日は、朝からまぶたが重くなりました。
空気もどんよりしていて、体の芯が冷える感じがありました。
予定もないので、動画を流しながら布団の中で過ごします。
気づけば2時間、3時間。
横になっているのに、目だけは画面を追い続けていました。
午後になって「そろそろ何かしよう」と思ったとき、
目の奥がじんわり熱を持ったように痛くなっていました。
視界が少しかすみ、ピントが合いにくい。
何もしていないつもりでも、
目も頭も、休まず働き続けていました。
そのまま夕方頃になると、
横になっていたはずなのに肩が重くなっていました。
力を入れていないのに、じわっと張りが残り、
首まで固まっている感覚がありました。
うつ前の疲れと休職中の疲れは違っていた
うつに入る前は、朝から胸の奥がざわついていました。
考え続け、判断し続け、常に何かに追われている感覚でした。
疲れていても、止まることはできませんでした。
休職中は、疲れ方がまったく違いました。
- 動いていないのに体が重くなる
- 外に出ると翌日に強く残る
- 止まっているのに、疲れが抜けない
うつ前は止まれない疲れでした。
休職中は、止まっているのに体に残る疲れでした。
疲れているのは体力ではなく回復の構造だった
疲れの正体は、体力不足ではありませんでした。
動画を長時間見た日は、目の奥が乾き、こめかみが重くなりました。
そのまま夕方になると、体までだるさが広がっていました。
画面を追いながら内容を理解しようとしたり、
次に何を見るかを選んだり、頭の中では小さな判断も続いていました。
横になっていても、目も頭も休めていなかったのだと思います。
そして翌朝、体の重さが抜けきらずに残っていることがありました。
以前は、その日どれだけ動けたかで自分を見ていました。
だから私は、基準を変えました。
「今日どれだけ動けたか」ではなく、
「翌日に体の重さが強くならなかったか」
見るのは、それだけにしました。
すると、「何もしていないのに疲れる日」は、
突然悪くなったわけはありませんでした。
前日の疲れが、そのまま残っていただけでした。
少し動けた日もありました。
でも、それは回復していたからではありませんでした。
条件が揃っていた日だけ、動けていました。
実際に条件が揃って動けた日の記録はこちらです。
よければ読んでみてください。
何もしていないのに疲れる人へ
休職中に疲れるのは、甘えではありません。
回復途中の体は、少しの消耗でも強く残ることがあります。
もし今、何もしていないのに疲れているなら、
今日はどれだけ動けたかではなく、
翌日に重さが残らなかったかを基準にしてみてください。
基準を変えるだけで、
「なぜ疲れたのか」が見えやすくなります。
私の場合は、基準を変えたことで、
疲れの原因が少しずつ見えるようになりました。
そして、「何もしていないのに疲れている自分」を、
責めなくてよくなりました。


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